「檜佐木副隊長!!!」

隊士の悲鳴のような声で咄嗟に体を捻る。
だが、全てを避けきれず、注射針のような先端の尻尾の一本が脇腹に刺さった。

「っぐ!」

直ぐに引き抜こうとするが、虚の方が一瞬早く、残りの尻尾で腕をひとくくりにされる。

「くそ、」

鬼道を使って抜け出そうとした瞬間、ずる、と何かをすする音がした。

「ぅ、あああぁああぁぁっ!!!」

ずるずる、と音を立てて吸われるのは己の霊力。
強制的に力を抜かれ、体が急速に冷えていく。
目の前が霞み、耳鳴りまでしてくる。
このままでは危ないと霞みがかった頭で考え、残った力を振り絞り鬼道を放つ。
弱々しいそれだが、不意をつかれた虚の拘束を解くには十分だった。

『ぎゃあああああぁぁぁっ!!!ワタシの尻尾がぁぁぁっ!!!』
「はっ、はぁっ、はぁっ…刈れ、風死!」

始解をして二つに分かれた風死の片方を、未だ痛みに叫びもがく虚に向かって投げる。
ひゅん、と空気を切る音の後に魂を切る音。

『が、く…くそがぁっ、!』
「!!」

ただ消えるだけとなった虚は、最期の足掻きを見せた。
捨て身の体当たり。
常時であれば簡単に避けて止めを刺すが、立つのもやっとな今の修兵には避ける術がなかった。
体が浮遊したかと思った次に頭に激しい衝撃が走り意識が闇に落ちた。

「檜佐木副隊長!!」

部下の悲鳴は闇に落ちた修兵には届かなかった。









怯えないで、君を守りたいんだ。




修兵が重傷を負って四番隊へ運ばれた、と聞き急遽駆けつける恋次。
陽は大分傾き、夜の色が強まってきた。
四番隊に着くなり、隊士を掴まえて修兵の場所を聞くと、未だに治療中であった。
治療室の前まで行くと長椅子に九番隊の隊士がいた。
あちこちにガーゼや包帯を巻いていることから、此度の虚討伐がレベルの高いものであったことが分かる。
憔悴(しょうすい)しきった様子で椅子に腰掛けていたが、恋次に気づくと立ち上がろうとするものだから、逆に焦った。
そのままでいい、と少し浮いた腰をまた椅子に戻させて自分もその隣に座る。

「何で、先輩…檜佐木さんが重傷を負ったんだ?」
「自分も他の虚を相手してましたので、詳細は分からないんです… 虚は多勢に無勢で行けば勝てると思ったらしくて、副隊長と自分を離れさせて……」

悔しそうに目を強く閉じて、膝の上の拳を固く握る。

「虚を倒してから副隊長の方を振り返ると、岩に叩きつけられて倒れるところでした…」
「…そうか」

しばらく沈黙が続く。
それを破ったのは治療中のランプが消えて、中から卯ノ花だった。

「卯ノ花隊長!」
「あら、阿散井副隊長。ちょうど良かった、少しお時間を頂いても?」
「え?は、はい…」
「卯ノ花隊長、檜佐木副隊長は…!」
「命に別状はありませんが、しばらくは面会謝絶です。 貴方も怪我をしているのですから、早くお帰りになってよく休んで下さいね」

面会謝絶、と聞いてそんなに容態が悪いのかと思う恋次。
隊士も同じ事を思ったのか、会えないと分かると一礼の後、肩を落として帰って行った。

「では阿散井副隊長、これから何を見ても聞いても大声を出さないと、約束できますか?」
「え…?あ、はい」
「では、こちらへどうぞ」

真剣な表情で話す卯ノ花。
通されたのは、卯ノ花が先程出てきた治療室。
中のベッドに寝かされているのはもちろん修兵のはずなのだが、気のせいか、膨らんでいる部分が小さく見える。
入り口で待つよう言われた恋次は言われた通りそこで待つ。
卯ノ花が修兵を見て、起きる様子がないと分かると恋次を振り返り手招きをする。
近づいて仰天した。
どう見ても目の前にいる修兵はあどけなさの残る子供。

「先程、一度目を覚まされるまでは成長したいつもの檜佐木副隊長でした。 ですが、目を覚まされてから様子がおかしく、いくつか質問をしてみたところ、 101年ほど前まで記憶が後退しているようです。そして、急に苦しみだしたかと思えば体が縮み、今の姿に…」
「……治るんですか?」
「今は何とも。原因は、子供の時の状態と同じ記憶、霊力になって体もそれに合わせ縮んだか、虚の毒かですが、 細胞が虚の毒に侵されている様子は見られないのでおそらく前者でしょう」
「じゃあ、面会謝絶ってのは…」
「ええ。この頃の檜佐木副隊長は人見知りが激しい子でしたから、念の為です。 私の許可のある人と一緒であれば、お会いしても大丈夫だとは思います」
「許可のある人?」
「101年前の彼を知っており、なおかつ彼が知っている人です」
「誰なんですか、それは…」
「そうですね…私以外ですと山本総隊長、京楽隊長、伊勢副隊長、浮竹隊長、十二番隊技術開発局の阿近の五人ですね」
「え?阿近さんも?」

以外な人物の名前が出てきて驚く恋次。
卯ノ花はにっこり笑う。

「はい。彼とは一番よく遊んでいたようですよ」

驚きに固まる恋次を、時間が遅い上、修兵は寝ているからと帰らせた。













あれから九番隊の席官、各隊の隊長・副隊長に修兵が子供になってしまったことを説明し、 話し合いの結果、怪我が良くなるまでは四番隊で預かり、それ以降は最も仲の良かった阿近が預かることになった。

「あ、阿近!ちょうど良い所に!」

阿近が修兵の病室に行こうと四番隊の廊下を歩いていると、前方からぶんぶんと大きく手を振りながら駆け寄ってくる 乱菊の姿に気がつく。

「修兵の様子を見に行こうと思ったのよ。でも、昔の修兵の記憶にあたし達はいないからどうしようか、て話てたの。 本当、良いタイミングで来てくれたわ!」

記憶後退している修兵に会いたいらしい乱菊は迷惑そうに顔をしかめる阿近の手を取ってずんずんと進む。
見れば修兵の病室の扉の前には阿散井、吉良、雛森がいた。

「お待たせ〜、ちょうど阿近が来たから入れるわよ〜!」
「本当ですか!良かったね、吉良君!阿散井君!」
「ああ」
「そうだね」

余程、修兵に会いたかったのか嬉しそうに笑う雛森。
阿近は今の修兵の状態を聞いてないのか、と疑った。

「…あんま煩くしないで下さいよ」
「大丈夫、大丈夫」
「本当かよ…」

コンコンコン、とノックを三回してから返事を待たずに入る。
これが他の人と阿近を判別する二人で決めた合図。
扉を開けると飛び込んできた小さな塊を受け止め、抱き上げる。
ぎゅう、と首にしがみ付いてきて正直苦しいが、子供の力なんぞ高が知れている。

「あこちゃーん!!」
「おう、良い子にしてたか?修兵」
「うん!今日ね、ご飯残さないで全部食べたよ!」
「そうか。偉(えら)かったな」
「えへへ〜」

まだ腹に開いた傷は塞がりきっていないので、抱き上げたまま移動してベッドに下ろす。
少し不満そうな顔をしたが、阿近の後ろに見える人たちに気がついて、怯えるようにきゅ、と白衣を掴む。

「あっちのお兄ちゃんとお姉ちゃん…」
「見覚えあるか?」
「………ううん、九番隊では見たこと無いよ」

修兵の言葉に寂しそうな顔をする雛森。
吉良、乱菊はやっぱり、という表情だ。
恋次だけはいつもどおりでじっと修兵を見ていた。

「けんせーの知り合い?」
「…俺の知り合いだ」
「そうなの?」
「まぁ言いたくないがな。つーか、アンタ等いつまでそこに突っ立ってる気ですか」
「え?ああ、そうよね!」
「あ、いや、つい…」
「えっと、親子の会話みたいだったから入っていけなくて」
「入らせなかった、の間違いっぽいけど…」

四人が近づいてくると、白衣を掴む手に段々力が込められていく。
その手をそっと握ってやると、修兵もぎゅ、と握り締めてきた。

「こんにちは、あたし雛森桃っていうの」

流石というか、子供の扱いには慣れているのか、雛森が先に挨拶をする。
ちゃんと目線を合わせて、にこにこと笑いながら。

「ひ、檜佐木、修兵ですっ」
「あたしは松本乱菊よ」
「僕は吉良イヅル。修兵君は今いくつなんだい?」
「え?えっと…七つ!」
「馬鹿、六だろ」
「だって、けんせーが男は自分の歳は一つ上を言うもんだって言ったもん」
「…何教えてるんだ、あの人」
「けんせーって誰だ?」

恋次が知らない名前を聞いて疑問に思い、質問した。
拳西を知らない人がいるのに驚いて恋次を見た修兵は、そのまま固まってしまった。

「?おーい、どうした?」
「修兵…?」

固まったまま動かない修兵を訝(いぶか)しんで声をかけるも反応なし。
恋次が何気なく頭に手を伸ばし、撫でようとした瞬間。

「、っひ!やだ!」

弾かれた様に阿近の背後へ隠れてしまった。

「おい、修兵。何してんだよ、出て来い」
「いやー!うええんっ!」

阿近が離そうとしても白衣を掴む力を強くしてビクともしない。
何が嫌なのか仕舞いには泣き出す修兵。

「…阿散井君、何かしたのかい?」
「可愛そうに。あんなに怯えて…」
「その刺青が怖いんじゃない?恋次、あんたは修兵が元に戻るまで会わない方が良さそうね」
「そ、そんなぁ…先輩、俺怖く無いでしょ?」
「やだー!あこちゃー!」
「はいはい、アイツは直ぐ居なくなるから泣くな」
「うう、うあ゛い…」

すん、と鼻を鳴らして阿近から離れる。
恋次が肩を落として部屋から出ようと扉に手をかけると、力を入れたわけでもないのに勝手に扉が開いた。

「え?っぶ!」
「おや?」

がつん、と聞くだけでも痛そうな音が響き、顔を出したのは京楽、浮竹、七緒の三人だった。
顔を手で覆ってしゃがみこむ恋次を見つけて何が起きたのか把握した京楽。

「ああ、ごめんごめん。大丈夫かい?」
「あんまり大丈夫じゃないっス…」
「しゃべれるなら大丈夫だね」
「きょーらくたいちょー!うきたけたいちょー!ななおちゃん!」

さっきまで泣いていたのはどこへ行ったのか。
ぱっと笑顔になると、浮竹の足元に抱きついた。

「やあ、怪我の具合はどうだい?」
「もうお薬沁みないよ!」
「そうかい、それは良かったねぇ」
「今日は本を持ってきたのよ。絵本だからきっと退屈しないと思うわ」
「ありがとう!…けんせーは一緒じゃないの?」

三人が入ってきた後ろを除いて、誰も居ないのを見ると少し肩を落として質問する。
それを聞いて息を呑んだのは京楽、浮竹、七緒、阿近の四人。
他の四人はただ首を傾げるだけだった。

「修兵、六車隊長は…」
「ココには来れないの」
「寂しいだろうけど、分かってくれ」
「何で?けんせーも怪我して寝てるの?」
「六車君は瀞霊廷、いや、尸魂界のどこにも居ないんだよ。この意味が解るかい?」
「うそ…うそだ…うそでしょ、あこちゃん!」

縋るような気持ちで阿近を振り返る。
だが、顔を背ける阿近から修兵の望む回答は聞けなかった。

「…残念だが、本当だ」
「うそ!うそうそうそ!ウソツキ!」
「しゅうへ…」
「出て行って!ウソツキの顔見たくない!みんな出てけ!」

錯乱状態で枕を掴んで振り回す修兵。

「修兵君!まだ傷が塞がり切ってないんだ、そんなに暴れたら駄目だ!」
「うるさい!」
「落ち着け、修兵!」
「うるさい!出て、け…ぅっ、」

振り回していた枕を落として、お腹を抱えて蹲る。
ぽたり、床に落ちたのは赤。
傷が開いたのだ。

「言わんこっちゃねぇ!誰か卯ノ花隊長呼んで来い!」

ばたばたと部屋を出て行く足音を背に、いち早く駆け寄ったのは阿近。
触れようとする阿近の手を払う弱弱しい抵抗は無視して、服を脱がし血の滲む包帯を取る。
包帯を丸めて傷を上から押さえて止血をする。
額に脂汗ををにじませる修兵。

「けんせー、なんで…なんで…おれ、またひとり、に…なる……ひとりは、いや、だ…」

うわ言の様にう呟かれる言葉に、苦虫を噛み潰したように眉間に皺を寄せる阿近。

「…馬鹿野郎。俺がずっといてやるよ」








あれから数日が経ち、 修兵はあの時のショックからか、後退していた記憶が元に戻り、怪我も完治して霊力が元に戻ると、 体もそれに伴って101年後、つまりは現在の修兵の大きさに戻った。
修兵には、小さくなっていた時の記憶はないらしい。

「まあ、何も無いのが一番だが…」
「え?何?」

阿近の家で数日過ごした為か、ちょくちょく泊まりにくるようになっていた。

「なんだよ、体に不調はないんだろ?」
「無いけど…だって阿近とご飯食べてる方が美味しいし」
「孤食ができなくなったって訳か…」
「いいじゃんか!作ってるの俺だし、ずっといてやるって言ったの阿近じゃん!」
「…あ?」
「あ…」

慌てて自分の口を手で押さえるも、時既に遅し。
しっかり聞いてしまった阿近。

「おま、記憶はないって言ったの嘘だったのか!?」
「ちちちち違う!!覚えてない!俺は何も覚えてないぜ!?」
「俺の目を見てもう一度言ってみろ!」
「…お、おれは!何も…ぶふっ!!」
「お前やっぱり覚えてたのか!!!」
「知りません!ちょ、箸を投げるな!刺さる!」
「うるせぇ!!」
「これじゃああの時と立場が逆転してるじゃん!!」
「覚えてるじゃねぇか!」
「わああああっ、しまったぁぁぁっ!」
「この野郎!待ちやがれ!」
「ごめん!ごめんーーーー!!」












海様 5700キリリク『拳西に育てられた修兵で虚討伐任務中怪我を負い記憶障害になる修兵』
大変長らくお待たせ致しまして申し訳ございませんでした!!!!
このようなお話でよろしかったでしょうか;;
海様のみお持ち帰り可です。キリリクありがとうございました!!

2010.02.20


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