「は!?現世にですか!?」
「うむ、貴公が頑張っておる様子なのでな。締め切りも過ぎたことだ、心身ともにしっかりと休めて来るが良い」
「は、はあ…」
Work too much!
締め切りの修羅場が終わった翌日。
いつものように次の企画や予定などを組み立てていた時だった。
駒村が様子を見に来たのでお茶を出した瞬間。
「明日一日、現世へ参れ」と一言。
急に言われても引継ぎがある、など野暮なことは言えなかった。
現世は好きである。
それも、できることなら毎日でも行きたいくらいに。
現在は締め切り後であることも含め、虚の討伐もないし、これといって急ぎの書類も無い。
なので二つ返事でそれを了承した。
駒村が自隊に戻った後、軽く三席に引継ぎをしつつ、技局へ足を運び、義骸の用意を頼む。
「何だ、現世任務か?」
「いや?駒村隊長に明日は現世で休暇してこいって言われて…」
「…そうか」
「折角だし茶渡にギター教えてもらおうかと思ってさ!あ、お土産買ってこようか?何が良い?」
遠足に行く幼児のような笑顔に、つられて阿近も笑う。
と言っても、傍から見れば笑ったようには見えないが。
「お前が疲れた顔して帰ってこなけりゃ何でもいい」
「は…恥ずかしい奴!」
「あん?」
赤くなっているであろう顔を隠す為に俯いて顔をそらす。
振り向いた阿近は怪訝(けげん)そうな顔をしていたが再び用紙の記入に戻った。
「傷も刺青も無しでいいだろ」
「はぁ!?何言ってんの、俺のトレードマークだぜ!?」
「いやいや、お前が何言ってんだ」
「だって阿近が…!」
「話を聞け」
「っ!!」
用紙を挟んでいたクリップボードの角で修兵の頭を叩く。
何やら小気味好(こきみよ)い音がし、声も出ないほど悶絶しているが無視。
流石は鬼、というところだろうか。
「現世に任務で行くなら傷、刺青両方有りでも…まぁ恐らくだが、何ら問題はねぇよ。
けどな、明日は休暇で、少なからず人通りがある場所へ行く予定があるんだろう?
それなのに傷、刺青が有るままで行けばどうなるか分かるだろうが。
絶対警察に通報されるぞ。休暇がそんな間抜けな終わりでいいのか?恥じかくのはお前だぞ」
「ス、スミマセンでした……」
結局、阿近の気迫に負けて傷跡、刺青はどちらもない義骸が用意された。
その義骸に入り現世に下りる。
ギターは背中に背負っており、服装も現世に合わせて上は白いTシャツ、ライトグレーのベスト、
下は色褪せた青のスキニーパンツ。
「まずは茶渡を探さないとな…」
急にできた休暇だったので連絡も何もなしに来てしまった。
もしかしたら向こうには予定があるかもしれないが、会ってみない事には分からない。
修兵は今の時間ならまだ学校にいるはずだろうと考え、空座一高に向かった。
「…やべ、結構帰り始めてやがる」
急ぐこともないと、あっちこっちのお店を見て回りながら向かっていたら、以外と時間が経っていた。
慌てて学校に向かうも下校時刻は過ぎていて、疎らながらに制服を着た生徒が門から出てきていた。
帰っていたらどうしようと思うも、もしかしたらまだ残っている可能性もあるので
門の前で右往左往していると、制服を着たセンター分けの男子と、背の低い黒髪の男子が声をかけてきた。
「お兄さん、誰か待ってるんですか?」
「え?あ、俺?」
「他に誰がいるんっスか…」
自分にかけられた声なのだと気付くのに遅れてしまい、思わず確認してしまった。
「あー…茶渡康虎って知ってるか?でっかくて、色黒の、確か1年だと思うんだが」
「チャド?チャドならいますよ、後ろに」
「へ?」
「檜佐木さん!?」
「あ?」
指摘されたのと聞き覚えのある声に後ろを振り返る。
そこにいたのは、かつて旅禍として尸魂界に来た黒崎一護と、修兵の探していた茶渡康虎の二名。
「よう、久しぶりだな。元気だったか?」
「む。なんともない…」
「ああ。檜佐木さんそこ、忙しいんじゃねぇの?」
「あー、まあそれなりに?ほら、俺って優秀だからさ」
「ははっ、自分で言うなよ」
「いいんだよ、本当のことだから」
和やかに会話をしている一護のワイシャツの裾を引っ張る。
気付いた一護に訪いかけるのは背の高い方の男子、浅野啓吾。
「一護!一護!この人どちらさん?いつの間に知り合いに?」
「え?えーっと…………檜佐木さん」
「その間は何!?」
「うっせぇな、偶然知り合ったんだ」
「いやいやお前らがそんな訳無いじゃん!どんな出会いだったの!?」
「初めまして、小島水色って言います」
「あ、どうも。檜佐木修兵だ」
「小島さんーー!?抜け駆けは卑怯だぞ!!」
「難癖付けないでよ、啓吾が出遅れてるんでしょ」
「てか騒ぐな」
騒いでる三人を無言で見つめるチャドと修兵。
止めるべきか放って置くべきか迷っていると、茶渡が先に口を開いた。
「檜佐木さんは、何か用があったのか?」
「あ?ああ、うん。そうだった。茶渡にギター教えてもらおうと思って…や、都合が合えばでいいんだけどさ」
「…問題ない。この先の公園でも?」
「ああ。構わないさ。悪いな」
「あ、俺も行きたい」
いつの間にかこちらに来ていた一護。
後ろでは啓吾が水色に踏まれいている。
「俺は構わないけど…上手くねぇよ?」
「見てるだけでいいんだって!行こうぜ」
びーん
「こっち…しっかり押さえて」
「お、おう」
ぴょろ〜ん
「その指がずれてる」
「あれ?」
べぃん
「うぅ〜…指が攣(つ)りそうだ」
「そんなに難しいのか、ギターって」
「いや、このコードがなぁ…どうも苦手みたいで上手く音が出ないんだ」
ギターから手を離してぷらぷらと振る。
そしてもう一度試みるも、ぷぃーん、と間が抜けたような音が出た。
本人は至って真剣なのだが、如何せん、音が悪い。
間が抜けてる音なのに真剣な表情をされると、笑いが込みあがってくるのも無理は無い。
気が付かないように下を向いて耐えていたが、何度も出される音に限界がきた。
「…っぶ」
「あ、テメ!笑ったな!」
「いや、ゴメン、つい…」
「ついって…いいさ、思う存分笑えよ。お前にも分けてやろうと思ったけど、どうしよーかなー」
「え?」
ギターケースの中から包みを出すと、座っている自分の膝の上に乗せた。
結び目を解くと、中にはホワイトクッキーが。
「いつも教えてもらってばっかりで悪いと思ってな。口に合えばいいんだが…」
包みを差し出すと、茶渡は一枚だけ手に取り、口へ運ぶ。
一口サイズのそれは中がしっとりとしていて、ミルクの味が口いっぱいに広がる。
ほどよい甘さに押さえてあり、プロ顔負けの美味しさだった。
「…美味い」
「良かった!」
「俺にも…」
「仕方ねー、な…!!」
「「!!」」
それに一番最初に気付いたのは流石というべきか、修兵だった。
それまで笑っていたのが、急に表情を無くし、空を見上げたのだ。
「茶渡!黒崎!」
「分かってる!」
突然大量に出現した虚の気配に瞬時に動く。
一護は代行証で、修兵は念の為に持って来ていた義魂丸(チャッピー)で死神化する。
「黒崎の体、頼んだぞ」
「はい」
「俺はあっちの虚の気配を追うから、茶渡と黒崎は向こうを頼む」
「おう、任しとけ」
「む」
口早にそれだけ伝えると瞬きをする暇も無くその場から消える修兵。
茶渡と一護は顔を見合わせて同時に駆け出す。
広い空き地になっている場所に一匹の虚を発見して、斬月を振るう。
虚が気が付いた時には、既に一刀された後。
バラバラと消えていく虚の後や上、一護たちの周囲からわらわらと姿を現す虚。
その数はざっと見ただけでも10はいる。
思わずウンザリとした顔になってしまったのは仕方ないだろう。
「ったく、めんどくせーな!」
次々に一撃で虚を沈めていく二人。
地上にいる虚は茶渡も倒せるが、人間である茶渡は空中を自由に動けない。
「チャド、後任せても平気か?」
「問題ない。任せろ」
ダン、と地面を蹴り上げ、空中にいる虚へ斬月を振り下ろす。
だがそれは虚の頭を掠めた程度。
虚は素早い動きで一護から距離を取る。
蛇のような長い尾を撓(しな)らせて鞭のように繰り出してきた攻撃を斬月で弾き返す。
そのまま懐に入ろうとした時、弾かれた尾で背後から攻撃を受け、
廃墟となっている倉庫の壁に叩きつけられる。
大きく開けた口から鋭く尖った牙のような針を一護に向かって飛ばし、
死覇装を壁に縫い付け身動きが取れないよう手足を封じた。
「しまっ…!」
貼り付けられた手足を動かすも随分深く刺さっているようでビクともしない。
虚の方を見ると、尾を撓らせてこちらに攻撃を繰り出そうとしている所だった。
襲い来る痛みに目を瞑った。
ひゅん、と風を切る音に次いで、虚の激しい鳴き声。
何事かと思い、恐る恐る目を開けてみる。
「よう、怪我無いか?黒崎」
「ひ、さぎ…さん……」
ひゅんひゅん、と音を立てて回されていない方の鎌を手元に戻すと、
少し虚の血が付着していたのを縦に振り払い、落とす。
虚を見ると尾を半分くらい無くし、切り口からは大量の血がボタボタと流れ落ちている。
「すぐ終わるから、ちょっとそのままで我慢、な!」
言い終わると同時に鎌を投げる。
風を切る音が響く。
虚は鎌を避け、鎌は虚の後ろに飛んでいく。
修兵の手元にある鎖を引くと真っ直ぐ戻ってくる。
戻る鎌に気が付かなかった虚は片腕を無くした。
痛みに鳴き叫ぶ虚にもう一度鎌を投げる。
今度は切るのではなく、口を塞ぐ様にして鎖を頭に巻きつけた。
「喚くなよ、耳障りだ」
眉間に皺を寄せ聞いたことも無いような冷たい声で言うも、口の端を上げ冷笑を浮かべると、
鎖を思い切り手前に引き、虚の頭を潰す。
虚が消えると、一護を壁に貼り付けていた針も消えた。
斬魄刀を刀に戻した修兵に近づく。
「助かったぜ、檜佐木さん。ありがと」
「気にすんなよ。まー、でもそろそろ帰らねぇと」
「え?もう帰るのか?」
「んー、心配ないって分かってるんだけどな…今俺の隊には隊長がいないし」
「そっか…」
地上で待っている茶渡と合流して、公園まで戻ると、修兵は荷物を持つと斬魄刀で開錠する。
戸を開けると一匹の蝶がひらりと出てきた。
それを指にとまらせる。
「今日はいきなりで悪かったな」
「大丈夫だ…クッキー、美味しかった。ありがとう」
「俺の方こそ。じゃあ、また」
「あ、檜佐木さん」
一歩、中に入ったまま振り向く。
「何?」
「あの…えっと、頑張れ」
「…おう。ありがと」
********** おまけ
「黒崎!!」
「一護!!」
「うおっ!?恋次!冬獅郎!」
「日番谷隊長だって何度言えば…いや、そんなことより」
「一護、この間先輩に虚と戦わせたんだってな?」
「は?…あ、ああ。戦わせたっつーか、不可抗力だったけど」
「馬鹿野郎!何で止めなかったんだ!!」
「はあ!?」
「駒村に言われて強制的にだがやっと、やっと、取った休暇だったんだぞ…」
「それなのにテメーは…俺たちがどれだけ苦労したと思ってるんだ!!」
「え、っと…スイマセンでした……?」
「しかもお前、檜佐木に何を言ったんだ!!前にも増して頑張るとか言い出してるんだぞ!!」
「あんな顔であんな事言われたら、て頬を赤らめて嬉しそうにしてる先輩も可愛い…じゃなくて!
何か特別な事でも言ったんじゃねぇのか!?言え!その言葉を言え!そして取り消しやがれ!!」
「お、俺何も言ってねーよ…」
就寝前に突然現れた二人に、意味も分からないまま責め続けられ、解放されたのは明け方。
今から寝ても、目覚ましの時間まで僅(わず)かしかない。
「……もう、絶対…戦わせない」
黒崎一護、15歳にして世の中の理不尽さを身をもって痛感した。
焔様 4300キリリク『現世にて休暇を過ごしていた修兵が一護達のピンチに駆けつけて助ける話』
風死を華麗に操って敵を倒すカッコいい修兵希望、との事でしたが…活かせてない気がしてならないです。
このようなお話でよろしかったでしょうか。
焔様のみお持ち帰り可です。キリリクありがとうございました!!