ある日、大きな手が俺の頭を撫でてこう言った。

-----僕と一緒においで。君の力の使い方を教えてあげよう

それは力を持て余していた幼い子供には、目の前に美味しいお菓子をチラつかされたのと同じだった。
例え、人であらざる者からの誘惑だとしても。









籠の中の遊戯




辺りに漂うのは鉄錆と、肉の焼け焦げた臭い。
まるでその場だけが地獄絵図のようで、異様な空間に思えた。

「……なぁ、」

しん、と静まり返っていた所に、最初に声を発したのは修兵だ。
表情は無く、ただ藍染だけを冷めた目で見つめる。
見つめられている藍染は無害そうな笑顔を口に貼り付け修兵を見返す。
眼鏡の奥は残念ながら窺えない。

「俺はあの時、あんたについて行って少なからず良かったとも思ってるんだ。 あのままだったら俺はきっと殺されてるか、餓死してるかだったし」
「そうか、それは嬉しいな」
「…俺が許せないのは、あんたが俺に妖力を分け与えたことだ」
「な、!!!?」

修兵の台詞に驚いたのはルキアだけではなかった。
いつの間にかいた山本や、その行動の意味を知ってる者も一様に驚いている。

「…妖力を分け与えるってなんだ?」

驚いているルキアにこそこそと控えめに聞く一護。

「……人が妖力を与えられると普通は力に飲み込まれて狂い死ぬらしいが、死なぬ場合もあるのだ。 その場合は人として生きていけなくなり、また妖達と同じように長い月日を過ごせるようになる。 ただ、成功した例は一度も無いと聞いていたが…」
「じゃあ修兵は妖になるのか?」
「いいや、人でも妖でもない中途半端な生き物さ」
「「!?」」

一護の疑問に答えたのはルキアではなく修兵自身だった。
距離は離れているため、普通であれば聞き取れないはず。

「誰がくれって言ったんだよ。俺はただ力の制御を教えてもらいたかっただけだったのに」
「だが、君は制御できたじゃないか」
「結果論だ。それに自分を殺しにこいとか言っておきながら馬鹿な計画立ててるし」
「ほう…計画を知ってるのかい?」
「あんた等からがっつり聞かせてもらったからな」
「なら、僕がこれから何をするかもお見通しなのかな?」

藍染は懐に手を入れると何かを取り出した。
それを見えるように持ち直す。
古びた鍵のようなものだ。
それを見て驚愕したのは山本だった。

「それは…!お主、一体いつそれを手に入れた!」
「少し前ですよ。朽木ルキアを裁くこの時間は誰もが油断をしていたので」
「藍染、まさかアレを起こす気か?」
「ええ、そのまさかですよ」
「修兵!お主知らんかったのか!」
「山本殿、俺を見縊(みくび)ってもらっては困りますよ」

やれやれと肩をすくめる修兵。
その様子に反応したのはやはりというか藍染だった。

「これも知っていたと?」
「当たり前だ。ちなみに、それは俺が作った贋物(にせもの)で、これが本物」

修兵も懐から藍染の持っている鍵と全く同じ鍵を取り出す。

「全く、持ってるだけで出せ出せ煩いったら…人間には扱えないって頷けるなぁ」

修兵の持つ鍵からはただならぬ気配を感じ取れる。
藍染は自分の手中にある鍵が、修兵の持つ鍵の気配を感じて贋物だと気がつくと、眉をピクリと動かした。

「山本殿、この鍵壊してしまっても?」
「…壊せるのか?今まで幾度となく試してみたが壊れはしなかったものじゃぞ?」
「それは人間(あなた)様方だからですよ」

修兵が鍵を壊そうとすると、藍染は懐に手を入れて素早く修兵に投げ付けた。
山本に気がいっていたため、一瞬動きが遅れ頬に一筋の赤い線が入った。

「そうはさせない。それは私が向こう側に行くのに必要な物なのだから」
「…向こう側?」

目を細め、藍染を睨み付ける修兵。
藍染の手には修兵に投げた物と同じ物だと思われる、細長い針のような物。

「……まさか、この鍵で妖の世界への扉が開くと考えてるのか?」
「妖達がどこから来たと思う?」
「…は?」

鍵は何かを封印している為に使っているのだと思っていた修兵は、藍染が考えているであろうことに思いついて驚愕した。
だが、返ってきた言葉は肯定するものでもなければ否定するものでもない、まったく別のもの。
気の抜けた声が出てしまっても、仕方のないようなことに思える。

「私は長い間生きてきたが、自然から生まれた妖など見た事がない。それは何故か…答えは簡単だ。 もともと妖は妖の世界が、人間には人間の世界があって、それぞれを行き来できていた。 だが、ある時突然にその道が閉ざされてしまい、人間の世界に妖が取り残されてしまった。 自分たちの世界に帰れない妖たちは焦り、人間の所為にした。 それが理由で妖は人間を襲うようになった。 しかし、いくら人間を殺しても帰れない妖たちは段々と帰ることを諦めてしまう。 このまま人間の世界で生きていくことを決めた……ここまでは修兵に話してあげたことがあるね?覚えているかな」
「…寝際の御伽噺だと思っていたけどな」
「君は幼かったからね。問題は何故道が閉ざされたのか…その答えはその鍵にあると私は考えた」
「これに…?」
「そう。その鍵で封印されたのは大きな妖だった。見た目も力も全てが。道を管理していたのはその妖だったんだよ。 封印された年月と、道が閉ざされた年月はほぼ同じだということは分かっている」

修兵は藍染の仮説に驚くしかなかった。
鍵を握る手が汗ばんで気持ち悪く感じる。

「けど、…だからって封印を解いていいはずはない!怒りで我を忘れ、世界を滅ぼそうとした妖なんだ! こいつを解放することはできない…いまだに怒りに包まれている…」
「私は人間がどうなろうと、知ったことではないのだよ。修兵だって人間は憎くて大嫌いなんだろう?」
「っ、それは…!でも、アンタだって殺されるかもしれない…」
「そうならない内に鍵で移動すればいい」
「修兵!奴の口車に乗るではない!」
「…山本殿……」

ここまで酷く困惑している修兵を見たことがない山本は、修兵に活を入れる。
それでも修兵の心は揺れ動いていた。
物心がつく前から親にも他人にも酷く扱われていた修兵に、唯一構ってくれたのは妖たちだ。
だからこそ、藍染のいう事が本当ならば鍵を使って妖の世界へ行きたいと思う。
しかし、人間にもいい奴はいるのだと最近知った(分かり難い優しさだけれども)
長く生きてきて辛い事ばかりではなかったことは修兵自身が一番知っている。
揺れ動く修兵を見てか、藍染は昔のようにやわらかく微笑み修兵に手を差し出す。

「私と一緒においで、修兵」
「!!」

その台詞に、修兵は…わらった-----












藍染が修兵に投げつけたのは千本という武器です。
裁縫に使う針を大きくしたような物と思っていただければ分かり易い、かな?

2010.12.19


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