「……ふむ、これは厄介じゃの」

風死が隣で見上げるのは長い髭を結んだお年寄り。
傷のはしる頭を撫でながら手紙に目を通していた。









籠の中の遊戯




「何を暢気な事仰っているのですか」

音もなく姿を現したのは黒い服に身を包んだ修兵だ。
口元まですっぽりと隠している。
お年寄りの隣にいた風死は修兵の方へ移動し、影に消えた。

「いつ見ても不思議なものじゃな」
「あまり珍しいモノでもないと思いますが…」
「儂等にとっては珍しいモノじゃよ」
「左様で…」

世間話でも始まりそうな暢気な雰囲気を出しているのは、今回の依頼者でもあり、城の主でもあり、 十三の隊を締める総隊長でもある、山本元柳斎重国だ。
暢気だからと油断すると痛い目に遭う。
こう見えて実は腹の底では何を考えているか分からない狸爺でもあるのだ。

「…して、お主はコレをどう見る?」

静寂を先に破ったのは山本の方だった。
がらりと雰囲気が変わることに内心苦笑をしてから応える。

「恐らく、山本殿のお持ちになっている鍵が狙いかと」
「そうか…やはりの」
「…お気付きでしたか」
「気付かぬ訳が無かろうて。朽木の義理妹がそう簡単に秘密を漏らすような性格をしてるとは大抵思えぬからの」
「流石ですね」
「まだまだ、人を見る目は劣っては居らんわ!」

はっはっは、と山本は笑うが修兵は笑う気にはなれなかった。

「どうなさいますか?行きますか?」

懐の暗器を触りながら聞く。
目には鋭く危ない色を滲ませて。

「…当日まで放って置く」

修兵の言う意味を正しく理解して応える山本。

「じゃが、お主は奴等を見張って居れ。当日まで動きがあるとは思えんが …もし何かしら仕掛けをしていたら対処しておいてくれ」
「御意のままに」

頭を下げて、現れた時と同じように消える。
長く伸びた髭を撫でて呟く。

「やれやれ…被り物すら取らぬとは。いつになれば素顔を見れるのやら」

しかし最初の頃に比べれば、自身の意見も言うようになってきた。
これは進歩と呼ぶに等しいだろうか。

「まあ、ゆるりと行こうかの」



ルキアの斬罪の日まで二日。
取り敢えず名前と顔で分かっている三人の陰に自分の分身を潜り込ませておく。
随所に仕込まれた仕掛けは、潜っていた影のお陰で全て片付けてある。
ただ、影が見張っているので、修兵自身は暇で仕方なかった。
なので気になる人物の様子を見に行く。

音も無く木の上に降り立ち様子を見るのは、町医者を開いている「黒崎診療所」だ。
修兵も甘味処の亭主の姿で何度か世話になっている。
ルキアと仲の良い少年は直ぐに見つかった。
橙色の頭をしてるのだから、一目で分かる。
年端も行かぬ自分では何もできないのだと父親に何かを頼み込んでいる。
だが、父親は頭を横に振るばかりで少年の頼みを断り続けた。
その内に少年が家を飛び出してしまう。

「親父になんかもう頼らねぇ!!」
「一護!!」

後ろを振り返らずに走り去る少年を追う。
少年が走るのを止めたのは、お城の裏にある森林の小さい滝が流れている場所だった。
小さな滝に頭を突っ込み水を浴びる。
恐らくは自分の頭を冷やしているのだろう。

「くそ、ルキアは悪くない…俺の所為だ。俺が、十三隊に憧れたから…」
「……その話、詳しく聞かせてくれないか?」
「!?」

何故、話し掛けたのかは自分でも分からない。
気付いたら少年の前に降り立っていた。
驚き、目を見開いた少年の顔には少し警戒が滲んでいる。

「俺は城に仕えている者だ。訳有って正体は明かせないが、お前の協力次第でルキアは助かるし、前のように話もできよう」
「…本当か?」
「主に誓って嘘は言わん…どうする、少年」
「………………少年じゃねぇ、黒崎一護だ」
「そうか。一護、話を聞かせてくれるな?」
「それでルキアが助かるなら」

少年、一護は父親の使いで、薬草を摘みに森へ入って行った。
だが運悪く盗賊に見つかった。
一護の髪の色が珍しいと言って売れば金になると考えたらしい盗賊たちに追いかけられていた時に、 ルキアが助けてくれたのだ。
多勢に無勢だった為、無傷とは言わないが盗賊たちを追い払ったルキアに、手拭いを貸したのが切っ掛け。
後日、綺麗に洗って返しに来たルキアに色々と話を聞いたのだ。
十三隊の仕事着は統一して黒と決まっていて、町民はその色を見て判断する。
なので、一護もルキアが十三隊であることは分かっていた。
十三隊の仕事や、ルキア以外にどのような人がいるのかなど、話せる限りではあったが、ルキアは快く話してくれた。
そして、ルキアが秘密を漏らした、と罪人になる前。
いつものように一護の所へ来たのだが、どうも様子がおかしい。
最初は話したがらなかったが、これは独り言だと言ってからぽつりぽつり話出した。

『最近、山本総隊長のことを調べている奴等がいるようなんだが、どうも外部の者ではないようでな。 内部の者だとしたら、平隊士ではまず入れないような部屋に入っている様子があるから、 恐らく上の者…一々許可を取らずとも良い地位にいる者の仕業ではないのかと思って。 物的証拠もないから、私の勘違いだと困るので隊長にも副隊長にも言ってはいないのだ』

「その話をした直後だ…ルキアが罪人になったって瓦版が出たのは」
「ふぅん…まだ分かる奴が居たんだな……」
「…何?」
「ん?ああ、悪い、こっちの話だ。気にするな」
「なあ、俺全部話したんだから、ルキアを助けてくれよ!役人には何度も言ってるけど、相手にしてくれないんだ…」
「ああ。斬罪の時に来いよ。面白いもんが見れると思うぜ。じゃあ話してくれてありがとな」

しょぼくれる一護の頭をぽんぽんと撫でてから、現れた時と同様に音も無く消える。

「…アイツ、何者?」












瓦版=現在の新聞みたいな物
斬罪=打ち首刑のこと
江戸時代後期にもなると診療所って呼ばれるようになるみたいなのでそのまま使ってみました

2010.08.10


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