ログ1
「惣右介さんなんて大嫌い」
汚れの無い白い厚い布を巻き付けられながら不機嫌な声で一言。
それに苦笑しつつ、着実に進む準備を見る。
「そう怖い顔しないで…折角お化粧をしてもらって綺麗になったのに」
「綺麗になんてならなくて結構です」
「そんな事言わずに、ね、修」
「本人に黙って勝手に縁談進めておいて何言ってるんですか。利益目的だけの相手を選ぶなんて、最低」
ますます深くなる眉間の皺。
その間にも準備は進み、仕事の終わった人間はさっさと退出した。
「何もそこまで言わなくてもいいんじゃないかい?なぁ、要」
「修兵、何かあったら直ぐに帰ってきていいんだからね」
「か、要!?」
「帰るどころか行方不明になってやります」
「修兵!?」
何百年と昔から続く旧家である家に女子として生まれたからには、
こんな日がくるのだろうとは思っていたが、何が悲しくて好きでもない、
しかも親と子ほどの年齢差がある人と結婚などしなければならないのか。
自然に溜め息が出てしまうのは仕方ないだろう。
「はぁ………」
「修、機嫌を直してくれ。ほら、昔みたいに父様(ととさま)って言って笑って御覧?」
「即刻消えてなくなって下さい藍染さん」
っき、と睨み付ける。
どう言っても無駄だと思ったのか、藍染は溜め息とともに肩を落とした。
「惣右介さんですらなくなった…」
「これから他人になるのだから藍染さんで十分です!もういい加減に出て行って下さい!」
しょんぼりと肩を落とした藍染と東仙が出て行き、一人になった部屋をぐるりと見回す。
この部屋とも今日でお別れ。
部屋だけでなく、この家とも。
幼い頃、施設にいた修兵を引き取ってくれた人は藍染でも東仙でもなく、六車という男の人だった。
六車さんとの思い出はほとんど無いが、大きくて温かい手で撫でてもらっていた事は覚えている。
有名なカメラマンだったらしく、海外へ撮影しに行く途中の飛行機事故で行方不明になってしまい、
海外へ行くのに預けられたこの家にそのまま引き取られる形になった。
未だに死体は出てきていない為、その内帰ってきたりするのではないか、と密かに思い続けている。
故にあまり離れたくはないのだ。
初めて対面した相手は中年半ば。
子供でも入ってるんですかと聞きたくなるような飛び出た腹に、いかにも金持ちのお坊ちゃまで育ったという容姿。
写真すら見せてもらえなかった修兵は、付き人(白髪頭で目つきが悪い)の方が、
これからを思えば何倍もマシな相手にしばし愕然とし、藍染を本気で恨んだ。
できることなら、今すぐ、白無垢の裾をたくし上げ、駆け出し、行方不明になりたかった。
「おお、なんと可愛いことか!惣右介君の言うとおりだな」
「はい、旦那様」
ねっとりと絡みつくような視線に下卑(げび)た笑い声。
いやいやいや、生理的に無理だから。
なんの罰ゲームだろうか。
これでは死んだ方がまだマシかもしれない。
「声も可愛いのだろう?何か喋ってくれんかね?」
死ねって言っても良いかな、と考えたことを頭の隅に追いやり少々引きつった笑顔を貼り付ける。
「修兵、と申します…」
「うむ。凛としていて美しいな。よし、気に入った!」
げらげらと品の無い笑いを零す相手に、心のそこから死にたいと思った。
これ、付き人の人が拳西なんだけど、事故で自分の名前だけしか記憶が残ってない所を、
この旦那様が自分の自由に扱えていいかもしれないと思って引き取った、というありがちな設定。
「私が天に立つ」精神丸出しの藍染さん。
東仙さんは盲目ながらも藍染の家の専属庭師。
2009/10/29のエムブロの小ネタより