見える恐怖




「今日の調子はどう?」
「…至って良好」
「昨日の夕飯は何を食べた?美味しかった?」
「水一杯とミスドのドーナッツ2個。普通」
「そ。夜はちゃんと寝れた?」
「…………トイレに1回起きたくらい」
「…嘘。何かあっただろ?話してみてくれないか」
「……………」

白い部屋に観葉植物が端に置かれ、中央に赤い2人がけのソファと硝子のテーブル。
窓からは日の光が入り込んで部屋を明るくしている。
壁に付けられた時計の秒針がカチコチと音を響かせていた。

「ゆっくりでいいからさ。俺に教えて?」
「…トイレから出て、部屋に戻る時。台所から物音が聞こえた、から…母さんかと思ったんだ。
夜中に何してるんだろう、と、思って覗いたら…あ、頭、から…血が出てる女の人が、いて…」
「……部屋に逃げた?」
「に、逃げようとしたら……アンタの所為、でこんな痕が付いた、どうしてくれるのよって…壁をすり抜けていった」
「うーん…そっか。あ、もう時間だね。今日はココまで」
「ありがとうございました…」
「また来週〜」

烏の濡れ羽色の柔らかそうな髪を揺らし黒いサングラスをかけて部屋を出て行く彼。
まるで何かに追われているかのように、逃げるかのように足早に去っていく。
白衣を着た、それまで彼と話していた男は溜息を吐く。
その時、彼が出て行ったドアから別の人物が入ってきた。

「どうしんです?溜息なんか吐いて〜。幸せ逃げますよ?」
「…げ」
「なんですかその嫌そうな顔は」
「いーえ何でもありません、浦原サン」
「ま、どうせ修兵君の事でしょう?」
「あ、わかります?」
「修兵君もね、幻覚症状が酷いのは可哀相だと思いますが。原因が分からないんじゃどうしようもないですからね」
「睡眠療法もやってみましたけど…どれだけさかのぼっても見てるみたいでしたよ」
「ふぅん…もしかして幻覚じゃなくて本当に"見えてる"のかも」
「……………本気で言ってます?」
「半分は」
「…お先失礼します」
「お疲れ様〜」

ひらひらと手を振る浦原に軽く頭を下げドアを閉める。
そしてもう一度ため息を、今度は大きく吐いた。


小さい頃から他の人には見えないものが見えていた。
母さんも父さんも見えなくて、唯一分かってくれたのは近所に住んでいる怖いと有名なお兄さん。
そのお兄さんの家の隅で頭抱えてしゃがみ込んでたら声を掛けられて吃驚して気絶して。
目が覚めたら睨み付けられてちょっと怖かったけど、事の経緯を話したら黙って頭を撫でてくれた。
ぶっきら棒だけど優しい人。名前は阿近というらしい。
阿近さん以外に秘密を話しても誰も信じてくれない。
幻覚を見てるんだと、口を揃えて言う。
父さんと母さんは俺の所為で離婚してしまった。
母さんは俺をどうにかして正常に戻そうと精神科へ俺を連れて行った。
治らない俺を見て悲しむ母さんを見たくなくて、俺は正常の振りをしてる。
それもなかなか難しくて、俺が変なことを言うたびに母さんがヒステリーを起こす。
顔にできてしまった傷跡は、俺が悪かったんだ。
俺が、普通じゃないから。

「はぁ…」

病院の帰りはいつも家の近くにある小さな礼拝堂に来ている。
だって病院には沢山いるんだ。
見ないようにしてなるべく下を向いてる。

「疲れる…」
「何が?」
「おわぉう!!?」

独り言に返事が来ると思わなくて驚くと、声をかけた本人も吃驚した顔で修兵を見ていた。

「せ、先生!?何でココに!?」
「理由がないといちゃいけないのか?じゃあ心配だったからってのは?」
「す、ストーカー……」
「失礼なヤツだな。俺は修兵の話をちゃんと聞こうと思って後を追ってきたんだぜ?」
「……信じる気も無いくせに」
「は?」

ぎゅっと握られた手が力を入れすぎてるのか震えていた。
表情は俯いている為に見えなかったが。
きっと悲しそうな寂しそうな顔をしているのだろう。

「皆同じだ。俺の話が聞きたいって言うから、本当の事を話したのに幻覚だ、異常だって言う。
アンタも同じだろ。信じる気も無いくせに俺の話なんか聞いて如何するんだよ!」
「じゃあ本当に死んだ人が…?」
「…見える。はっきりと。だから最初から本当のことしか話してないって言ってるだろ。
ここは神聖な場所だから無意識に入らないみたいだけど、自分たちが死んでるって気づいてない。
ここから一歩でも出れば普通にいるんだ…区別するのがどれだけ難しいか、どれだけ怖いか、解らないだろ。
そんな人が俺を救う?無理だね。だってアンタは"見えない"んだから」
「いや、救えるさ」
「…それは何?医者のプライド?」
「そんなプライドは、あるだけ無駄だな」

苦しそうに歪められた表情をとかせたくて頬を撫でる。
そしてもう片方の手を、きつく握られた修兵の手を上から包み込むようにして握り締めた。

「2人で居れば怖さは半減できねぇかな?」

驚きに満ちた顔で見つめられる。
今までこんな医者はいなかったのだろう。
その目がまじまじと語っていた。
やがてふいっと顔を背けたかと思うとぽつりと、おそらくは悔し紛れの言葉を漏らした。

「いつも一緒って訳にはいかないだろ」
「じゃあ一緒に住めばいい」
「…は?アンタ馬鹿?」
「俺、修兵と君のお母さんはちょっと距離を置いた方がいいと思う。だから、その間俺のところに居ればいい」
「……母さんにはアンタから言ってよ」
「任せとけ!」

こうして精神科医志波海燕と、その患者檜佐木修兵が一緒に住むことになったのでした。












続きません。元ネタはシック●センス(だったはず)

2009.02.08


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